不動産と家族信託
家族信託とは何か
家族信託は家族と結ぶ信託契約であり、成年後見制度に代わるあらたな認知症対策や財産管理、相続対策の手法として注目されています。
家族信託は、所有者である親が元気なうちに、信頼できる子どもや親族と契約を結び、親に代わって、子どもなどが財産を管理できるようにする契約です。家族信託することで、子どもは不動産の修繕等だけではなく、売却することや、人に貸すこともできます。
不動産を任せる人を「委託者」、任される子ども等を「受託者」、不動産から利益を受ける者を「受益者」と呼びます。
- 委託者が自分の財産(不動産など)を
- 家族・親族など信頼できる人(受託者)に託し
- 特定の人(受益者)のために
- 決められた目的に従い管理・処分する
仕組みについて、家族信託は不動産などの所有権を「財産権」と「名義」とに分け、「名義」のみを子どもなどに変えることで、不動産の管理処分などの権限だけを先に渡すことができる制度です。「名義」を変えるけれど、「財産権」は所有者である親のもとに残るため、贈与税や不動産取得税などを課税されることなく利用できます。
家族信託でできること
家族信託と成年後見や遺言などとの一番大きな違いは、他の制度では実現できない「家族の希望が実現できる」点です。家族信託には、他の制度にはない特別な機能があります。それらを上手に組み合わせることで、成年後見制度を利用した際のデメリットを回避できたり、遺言では実現できないことを実現したり、相続に起因するさまざまな問題を回避できたりと、これまで対応が困難だった問題を解決することが可能になります。
判断能力が低下しても資産凍結されず、家族で財産管理を継続できる
「認知症になると、本人の財産を介護費用などに活用できない」という話を聞いたことがあると思います。財産を管理・処分するには、自分の行為の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定する意思能力が必要です。しかし、認知症などによって、この意思能力が失われると、不動産の売却や預貯金からの出金を行うことができない"資産の凍結"ともいうべき状況に陥ってしまい、本人名義の不動産を売却して施設の入所費用に充当したり介護費用を捻出すること等が難しくなります。
このような場合に対処できる制度の一つに、「成年後見制度」(法定後見・任意後見)があります。成年後見制度では、意思能力が不十分な本人を支援するために後見人等を選び、その後見人等が本人の意思決定を支援します。しかし、裁判所が後見人を選ぶ法定後見においては、本人の財産を守ることが最重要であるため、預貯金があるうちに自宅を売却したり、金融資産をタイミングよく売買するといった必要に応じた資産の活用が難しく、今まで通りの家族中心の暮らしや、家族の希望する支援を継続することが困難になるなど、使いにくい面があります。
また、本人が自らを支援してくれる受任者を選ぶ「任意後見」では、本人が財産を処分する権利は失われないため、悪質商法などにだまされるリスクが残り任意後見にも不十分な面があります。
家族信託を利用することにより、認知症などで意思能力を失っても、これまでと同様の生活を送ることができます。また、資産を凍結されることもなく、財産を管理している子などが不動産の売却などを行うことができるため、介護費用などの捻出もスムーズに行うことができます。
遺言よりも柔軟な財産継承が可能
配偶者の生活を守るため、遺言を利用して、配偶者に全てまたは多くの財産を残したいと考えることもあるかもしれません。しかし、財産を受け継いだ配偶者の判断能力に問題がある場
合、受け継いだ財産を適切に管理できないため、結局、成年後見制度を利用する必要が生じるケースもあります。
また、子がいない夫婦の遺産承継の手段として遺言の利用を考える場合や、親亡き後に備えて遺言を利用したいと相談を受けることも多いと思います。その際、二次相続についても決め
ておきたいというニーズが多くありますが、残念ながら遺言では、二次相続以降の財産の帰属先を決めることができません。
しかし、家族信託を利用すれば、配偶者に残したい財産を配偶者の死後、自分の兄弟や甥姪に承継させたり、重い精神障害のある子に相続させた後、その子を支援してくれる親戚に財産を渡したりというように、二次相続以降の財産の帰属先を指定することができます。
遺産分割トラブルを避ける
相続人間の関係があまり良くない場合、遺産分割がまとまらなかったり、トラブルに発展したりすることは少なくありません。例えば収益用の不動産が相続により共有となってしまい、共有者間の意見が統一できず賃貸することや維持管理での費用負担もまとまらず、売却することもできないうちに、さらなる相続が発生して共有者が次々増えていき、収拾がつかなくなるケースも珍しくありません。
このような問題も家族信託を使って管理・処分権は1人に任せつつ、賃料や売却代金などの利益は相続割合に応じて各相続人に分配するように決めておくことで、効率的な運営管理が可能になるとともに、相続人間での争いを防ぐことができます。
家族信託の目的と信託する財産
信託目的の決定
家族信託を始めるためには、まず信託目的が必要です。家族信託によって実現したい目的を確認し決定します。
家族信託では、受託者が信託目的を実現するために信託財産の管理・処分を行うため、信託目的に反する行為は禁じられます。信託目的は受託者の行動指針となります。受託者にしっ
かり任務を遂行させ、信託目的を実現するためには、目的はできるだけ分かりやすく、かつ明確に設定する必要があります。
また、信託目的は家族信託の制度設計を行う上での指針にもなります。受託者や受益者、信託財産、信託の終了事由などは、全て信託目的を実現する観点から決定されるからです。
信託する財産
信託目的が決まったら信託財産を決定します。信託財産は、信託目的の実現や受託者の能力を考慮して決定します。受託者ごとに信託財産を分けて信託することも可能であり、信託目的の実現に向けて適切な信託財産を選びます。信託財産については、法律上の制限はほぼありません。財産的価値のあるものであれば、基本的に信託財産とすることができます。金銭、不動産、非上場株式などは当然に信託財産とすることができます。ただし、借金などの債務を信託財産とすることはできません。また、財産的価値があっても、現実的に信託財産とすることができない財産も存在します。
例えば、預貯金は、法律上「預貯金債権」という債権に該当し、通常、金融機関では規定や約款に預貯金債権の譲渡禁止特約が定められています。預貯金を信託財産とすることは預貯金債権の譲渡にあたるため、信託財産とすることはできません。もっとも、預貯金を引き出し、現金として信託財産とすることは可能です。
また、上場株式の信託も困難です。株式を預託する証券会社が家族信託に対応しておらず、株主名簿の名義変更ができないためです。さらに、第三者の了承や許可が必要になる場合もあります。例えば、ローンが残っている担保付きの不動産を信託財産にする場合は、事前に金融機関へ相談することが必要です。不動産を信託財産とした場合、登記簿上の所有者名義は受託者に移ります。銀行から借入れを行う場合、担保不動産の所有者名義を変える際には、銀行の承諾が必要とされている場合がほとんどのため、銀行に相談なく名義書換えを行うと、残債務の一括返済を要求される可能性が生じます。
このように、信託財産を決定する際は、慎重に判断する必要があります。
家族信託のコスト
家族信託を利用する際は、設計する信託の内容や財産の種類などに応じて、さまざまな手続きが必要となり、それぞれ費用が必要です。主なものは以下のとおりです。
費用の相場は、相談内容や信託財産に不動産を含むか否かにより異なります。
専門家報酬
信託のプランを士業などの専門家に相談する場合に必要となる報酬です。専門家が家族の希望をヒアリングし、希望をかなえる最適な信託の内容をプランニングし、家族に提案します。報酬の金額は専門家により異なるので、あらかじめ確認するようにしましょう。
信託の内容により関わる専門家が増えたり、受託者となる法人を設立する場合であったり、信託財産に農地が含まれていたりすると、その分だけ業務量が増え、それに応じて報酬が加算されることになります。
自力でプランを作成・家族信託契約書を作成する場合はコスト不要です。
公正証書作成費用
家族信託契約書を公正証書を作成する費用です。家族信託契約は、必ずしも公正証書で作成する必要はありません。ただ、家族信託契約をめぐって、将来的にトラブルが起こってしまう可能性もありえます。公正証書は、第三者である公証人が立ち会いの下で作成することになるため、トラブルが生じた場合に信用性の高い根拠とすることができます。公正証書作成費用は、その信託財産の評価額によって異なります。
信託登記を行う為の費用
不動産登記の登録免許税
不動産について、家族信託契約を締結した場合、信託を理由とした所有権移転(委託者から受託者への名義変更)を行う必要があります。その際に、登録免許税がかかります。名義変更手続きを行う場合には司法書士への報酬も必要となります。なお、登録免許税の税率は、建物については固定資産税評価額の0.4%、土地については固定資産税評価額の0.3%とされています。
司法書士の報酬
信託登記は信託目録の調製などの必要もあって、簡単な登記ではないため、司法書士に依頼するのが一般的です。その場合、司法書士への報酬が必要となります。この報酬金額も専門家
により異なるため、あらかじめ確認することをお勧めします。
家族信託の終了
信託目的が達成した時
先述の通り家族信託には実現したい「目的」があります。つまり、目的が達成できた場合、家族信託は必要なくなるため、その時点で終了することとなります。
また、家族信託の終了事由を契約で定めておくことも可能です。目的を達成したか否かの判断があいまいで難しい場合があるため、適切な時期に家族信託を終了させるためには、契約で
終了事由を定めておくことが一般的です。
例)認知症となった委託者の暮らしを守ることを目的として家族信託を開始した場合には、委託者の死亡を終了事由として定めておきます。
信託契約終了後の財産
家族信託が終了した場合は、清算受託者が清算を行います。清算の結果余った財産(以下、「残余財産」)は、契約で指定された残余財産受益者または帰属権利者に帰属します。契約に定
めがない場合は、委託者またはその相続人その他の一般承継人に帰属しますが、それらもいないときは、清算受託者の固有財産となります。
家族信託の出口をしっかりイメージしていないと、最終的に予期せぬところに財産が移ってしまう可能性があります。
家族信託の注意点
家族信託の便利な点を述べてきましたが注意すべき点もあります。家族信託は財産を預ける人(委託者)と財産を管理する人(受託者)との信頼関係が構築されていることが不可欠です。
また、家族信託制度の趣旨は財産管理にあるため、役所への届出や申請行為、身上監護(本人の生活・療養・介護・治療・施設への入退所の契約や手続き・病院への入退院手続き等)は行うことができません。
家族信託と後見制度との特徴を理解した上で事情に適した制度を利用することが大切です。